初めの一年ぐらいは、プーチンが重篤な病気のようだからロシアの戦争は長く続かない、という情報が流れていた。テレビでもSNSでも、ベラルーシ首脳との会談で、右手が不自然に震えていたのはどんな病気の徴候かと、解説者たちが嬉々として議論していた。だがプーチンは衰える気配もなく今年(2024年)の選挙で再選された(ゼレンスキーは任期が切れているのに戒厳令下だからとして選挙はやらず、政権内のさまざまな問題も漏洩しているのに居座っている)。

 また、ロシアに対する経済制裁はじつはロシアの資源に頼ってきた西側諸国にも深刻な打撃をもたらしている。エネルギー価格の高騰、それに伴う工業生産の高騰、経済危機、そして非西洋諸国に対する中国の影響力の相対的上昇。それを西側はいちいち「ロシアのウクライナ侵攻による…」と言っているが、事実上はみずからの対ロ「経済制裁」によるものだ(そのせいもあって、国内では軒並み「極右」勢力が台頭、政情不安も広がっている)。

 その上でEU諸国は、「向こう十年の軍事支援計画」などを「平和会議」と称して公表している。「向こう十年」、すでに国土も国民も疲弊しているウクライナにロシアとの戦争を続けさせようとしているのだ。プーチンの「病状」よりむしろ西側G7首脳の頭はどうなっているのかと、バイデン大統領の「認知症」以上に深刻に疑わざるをえない。

「西側」を外から見る

 この「戦争」はどのようにして終わるのだろう。初期のトルコでの調停期にはプーチンの要求は前述したミンスク合意とあまり変わらないもののようだった。だが、ウクライナのゼレンスキーは一年目からロシア軍を侵攻時の国境線まで押し戻すだけでなく、クリミアを取り返すことを「勝利」の目安として掲げた。その後、二度の冬を超えウクライナの「反転攻勢」が喧伝され、独ロをつなぐ天然ガス輸送路ノルドストリームが破壊され、ロシア領内のエネルギー施設や国境付近の街々がドローン等で頻繁に爆撃されるに及んで、今ではプーチンはクリミアはもちろん、東部四州の併合承認を求め(2年以上戦場になって荒廃した地域だ――西に避難した人々もいるが200万を超す住民がすでにロシアに避難している)、かつウクライナのNATO非加盟を求めている。

 随所から調停の動きも出たが(トルコ、インド、アラブ・アフリカ諸国)調停そのものが「ロシアを利する」として西側諸国の相手にされず、さまざまに圧力を受けながら動向が注目された中国も2024年初めに慎重な調停に関する原則を提示したが、アメリカは直ちに「ロシア寄り」だとして相手にせず、表向きは何の成果も生まなかった。こうした状況からも、この「戦争」がじつは誰と誰との戦争なのかが明らかだと言うべきだろう。戦争を止める権限はもはやウクライナにはないのだ。。

 この情勢を「南」から見ていたらどうだろう。かって西洋諸国の植民地支配にあえぎ、土地も自然も人も収奪され、自生の社会的基盤を破壊されたうえで、西洋諸国の作った世界秩序の枠組みに従って独立せざるをえず、その上「後進国援助」の名の下に旧宗主国やアメリカの経済システムに組み込まれることで、どこまでも自立の努力を妨げられてきた国々、その「南」の国々は、今、北半球で起こっている再度の「戦争化」の動きをどう見るだろうか。

 それらの国々は、これまで一度たりとも世界の「戦争化」のアクターだったことはない。独立後も、国家基盤もないまま東西の冷戦構造や、その後は「テロとの戦争」の展開に振り回され、むしろ混乱の現場にされてきた。だからかつては「非同盟諸国」として、あるいはもっと一般的には「第三世界」と呼ばれてきたそれらの国々は、今の北半球の情勢に、世界の主導国家集団としての地位を失うまいとして自閉的に身を固める「西側」の、地位確保のための独善的な悪あがきを見ているのではないのか。

「レコンキスタの時代」

 いま「新冷戦」とか「レコンキスタの時代」が語られている(日本の共同通信が同題でシリーズ記事を配信している)。レコンキスタ(=再征服)とは、中世末期のイベリア半島で起こったキリスト教圏の「失地回復」運動である。

 8世紀以来、イベリア半島はイスラーム勢力によって支配されていた(それだけでなく、イタリア半島南部も含めて地中海のほとんどがイスラーム圏だった)。それをキリスト教徒が取り戻すというのがこの運動であり、ポルトガル王国とスペインはその過程でできてきた。この文明的運動はアラゴンのフェルナンド王子とカスティリアのイザベルが結婚してスペイン連合王国を形成することで大団円を迎え、1492年にイスラーム王朝最後のグラナダ王国を陥落させ、海の向こうに異教徒(ムスリムとユダヤ人)を追放することで完了した。そのとき、両王はグラナダにコロンブスを迎えて大西洋航海(西回りのインド到達)の計画に援助を約束し、ただちにコロンブスは冒険に乗り出す。それが西方キリスト教世界(オクシデント=西洋)の世界展開の嚆矢となったのは言うまでもない。

 世界戦争の後、東西のイデオロギー対立の「冷戦」が半世紀近く続いた。その冷戦が西側の「勝利」に終わったとされ、共産主義諸国は一敗地にまみれて後退したはずだが、ここのところ再び台頭して「失地回復」の動きに出ている(東アジアでの中国の軍事的展開や、ロシアのウクライナ侵攻)というのがいわゆる「西側」の見立てである。何という倒錯と混乱か。異教徒の追放とキリスト教国の「失地回復」をそのまま世界展開と植民地化の制覇に繋げたのはほかならぬ「西洋」である。その西洋は、イデオロギー的に解体させたはずの「東側」(専制主義勢力)がいま「レコンキスタ」に打って出ていると言う。

 EU首脳筋には、21世紀も四分の一に差しかかった「危機」の時代をそう捉える傾向もあるようだ。だが、そこにあるのはヨーロッパがアジア・アフリカ(とりわけイスラーム圏からの移民・難民、そして中国の経済進出)その他(スラブからも?)の侵蝕を受けており、「失地」を回復することでヨーロッパを再確立しなければならないという意識だろう。

 何という時代錯誤、あるいは自己都合の利権防衛意識。移民・難民問題は、かつて西洋諸国が世界に植民地支配を展開し、各地を荒廃させて西洋諸国が繁栄し現在の地位を築いてきたその歴史的遺産である。地球環境問題やそれに対応するために強いられる経済社会負担というのも、西洋文明の世界拡大がもたらしたものである。それが西洋社会にさまざまな問題を引き起こすとしても、それは西洋が外部から侵蝕されているという話ではまったくなく、西洋文明の世界制覇そのもののもたらした結果である。

○ヨーロッパの欺瞞

 ウクライナが「負ければ次はヨーロッパが侵略される」とEU首脳は危機感を募らせ、ロシア制圧を呼びかける。だが歴史上、ロシアに深く侵攻したのはいつもヨーロッパであり(ナポレオン、そしてヒトラーのドイツ)、ロシアはその形成期からヨーロッパにすり寄りこそすれ一度も侵略征服したことはない。ヨーロッパはナチズムがヨーロッパ自身が生み出したものであることを忘れている(否認する)。ヨーロッパ自体の競争的拡張主義が後進国だったドイツの生存圏主張を生み出したのである。

 ナチズムに結びつけられる反ユダヤ主義についても言うまでもない。それはキリスト教ヨーロッパの歴史的宿痾だった。イスラエルを中東に建国させてアラブ諸国の反発を招いたとしても、反ユダヤ主義はヨーロッパの生み出したものであることに変わりはない。戦後のヨーロッパはナチズムとともに反ユダヤ主義を公的に否定したとしているが、それはヨーロッパ自体の問題であって、反ユダヤ主義を他者たちの罪科にすることは欺瞞なのだ(イスラエル国家に対する反発は反ユダヤ主義とはまったく別の性質のもの、土地の簒奪と住民追放・抹殺に対する当然の抗議と生存をかけた抵抗である)。

 この戦後ヨーロッパの欺瞞、世界戦争で経験した「世界の崩壊」を忘れて居直ろうとする欺瞞が、いま非西洋世界からはあからさまになり、ヨーロッパの独善性がふたたび露わになっている。そこにアメリカの問題も被さっているが、ウクライナでの戦争で明らかになったこれがヨーロッパの現状である。