――直立二足歩行によって道具を作ったり、言葉が話せるようになったというのはわかったのですが、身体にはどんな影響があったんですか。
身体の方は結構たいへんでしてね。
――そうなんですか。
二本足で立つと、今までとはぜんぜん違う方向に足が出ることになります。足が背骨とまっすぐになるわけです。元々の四足歩行の動物だったら、前肢も後肢も背骨に対してほぼ垂直に向いている。なのに、90度向きを変えてしまった。その結果、われわれが歩くときの動作というのは、イヌやネコであれば足を空に向けて振り上げ、また地面の方に戻してくるという運動になる。人類の身体はこれができるように、骨や筋肉のつき方が設計変更されています。
――足の可動域が格段に広がったわけですね。
直立二足歩行のチェックポイントはいくつかありますが、骨盤を見れば大体、二足で歩いていたかどうかがわかります。ヒトの骨盤はものすごく異常ですよ。将来、地球に違う種族が現れて化石を発掘したら、なんだこの骨盤はって大騒ぎになるような、とんでもない骨盤です。
――坐骨と腸骨と恥骨がくっついてるんでしたっけ?
それはみんなそうなんですけども、腸骨の部分が丸く大きくなっているんですよ。ふつうは腸骨って、前に伸びる鉛筆みたいなものなんです。それが丸くなっているのはわれわれだけ。これはなぜかというと、二本足で立つと内臓にかかる重力が、四本足のときとは90度回転しますよね。つまり、尾の方に向かって内臓が落ちていく。それを受け止めるために、骨盤が盃のように広がったと言われています。妊娠したら胎児も支えないといけませんし。
――二足で立つのもラクじゃなかったんですね。
身体の方は無理だらけですよ。消化管も四足歩行であれば背中から吊るんですけど、二本足だとそれができない。肝臓などは、天井に相当する横隔膜との連結を強めます。消化管が腹腔内で暴れてしまったら、腸捻転、胃捻転で即死ですよ。重力で落ちていかないように、胃も腸も、一生懸命、膜で保定します。こんなむちゃくちゃな動物はいません。
それに、二足で立つということは、体内の血液がぜんぶ足に向かって落ちていくということです。すると心臓は、脳に向かってはほぼ垂直に血液を打ち上げないといけないし、足の先までいった血液を重力に逆らって延々と戻してこないといけない。人類の心臓と血管にはかなりのしわ寄せがいっています。猿人の生活であればそれでも何とかなったんでしょうけど、われわれは現代社会に生きてますからね。1日10時間も座りっぱなしで働かないとお給料がもらえない。身体にしてみると本当にむちゃな生活をしていると思います。
――身体の構造と現代の暮らし方が合ってないと。
そしてヒトは、妙に頭が良すぎて、自分たちで自分たちを滅ぼすだけの技術を持ってしまいました。核兵器にしても、環境破壊にしても……。そういう動物になってしまったんです。私たちの同種が二足歩行をして、たかだか400万年程度。地質学的な進化で言えば400万年なんて、ほんの一瞬とは言わないまでも、昨日みたいなもんですよ。もしも存続期間を生物の成功の指標だとするなら、400万年だけ繁栄して滅んじゃうって、相当に駄目な生き物です。その一方で、哲学も生み出せば、宇宙のことも考えるし、詩を読んだり、絵を描いたりする。そんなとてつもないことをやってのけていながら、同時に地球破壊、自己破壊ということを平気でやっている。
――頭がいいんだか悪いんだか、本当によくわからない動物ですよね。
ここまで止まらないのがすごいと思うんですよ。二足歩行の開始からどこかで止まってもいいと思うんだけど、止まらない。偶然の積み重ねとはいえ、それらがぜんぶ歯車になって動いていく。別に原人で止まってたっていいはずなのに、原人が生まれてしまったら、結局われわれまで来ちゃうんですね。