骨にしても、顎にしても、四肢にしても、進化というのは本当に偶然で、つぎに何が起きるのかを予測して変わるのではなく、たまたまパーツの使い方を変えたやつが生き残ったということになります。商売替えするようなものですね。既にある程度出来上がってうまくいっているものを、環境の、地球側の変化に合わせて使うと、まったく新しい世界が開ける。進化はそれを見せてくれます。
――よく耳にする突然変異っていうのは、別に意図的に、目的を持って変わるわけじゃなく、身体の方が勝手に変わっちゃってるわけですね。勝手に変わって、たまたま環境にうまく適応できたものだけが生き残り、子孫を残していくと。
そのとおりです。「突然変異」という言葉からは、たとえば宇宙からの放射線によって遺伝子が書き換わり、4本足だったものが6本足になった、みたいなことを想像してしまいがちですが――もちろん、そういうことがあってもいいんですけど――、実際にはもっとふつうに起きていることです。たとえば地震で大陸が割れて島ができたら、その大陸で広く生息していた生きものの一部が――トカゲでも虫でも花でも――島の方に残される。それによって、元の集団とは異なる小さな集団が生まれますよね。これだけでもう、突然変異に値するものが出来上がるんです。
――生きものにとって、それまでとは異なる、新しい環境になるわけですね。
こういったものを遺伝的浮動というんですけども、進化が起きる局面はそれほど珍しくないことに気づきます。たとえば1万匹で生きてた動物が、がけ崩れによって1500匹と8500匹に分断されてしまったら、その1500と8500は、元の1万とは違う集団になる。これだけでも進化は十分に起き得ます。
――そのときに、まったく新しいものがつくられるのではなく、顎にしても、四肢にしても、それまでにあったものを基にするというのが面白いところですよね。
そうなんですよ。たとえば技術者がプロペラ機からジェット機をつくろうと思ったら、航空力学の理論を用いて、まっさらな紙で――いまだとCADなのかもしれないですけど――翼や胴体を設計するわけですよね。それは、人間がゼロから考えてやれることです。ところが生きものにはご先祖さまがいて、身体はその先祖の制約を受けている。「拘束」という言葉を使うこともありますけど、ヒトをつくるにしてもゼロからはつくれない。結局、ヒトはサルからつくるしかないんですよ。研究する側からしても、そこが面白いわけです。
二足歩行
――上陸してからもたくさんの突然変異や進化があったとは思うのですが、人類の特徴である二足歩行はどのようにして起こったんですか。
いまひとつ何が起きたのかはわかってないんですけども、440万年前が二足歩行の、すなわち最も古い人類のはじまりだとされています。霊長類のうち、直立二足歩行をはじめたものから、人類という新しいカテゴリーに入ります。いまのところ「ラミダス猿人」というのが有名ですが、これが二本足になった最初のサルですね。面白いことに、霊長類は一度樹に登っているんですよ。それをやらないと二足歩行ができなかった可能性があります。
――そうなんですか!?
樹の上で、たとえば細い枝の上を落ちないように歩くとか、葉っぱの中から果物や木の実を見つけて手で採る、距離を測って枝から枝へ飛び移る、そんな暮らしを何百万年も続けていたのでしょう。それによって、手足の先――四肢の端なので「肢端」と言いますけども――と脳が緊密に結び付き、身体の割には細かいことができるようになった。あるいは、目が前に寄ってきて対象との距離を測れるようになり、視野は狭くなったものの、その狭い範囲に関してはすごく質の高い情報が得られるようになった。そういうことが全部、能力の高い脳の礎になったはずです。
だから、樹に上がったことがその後の人類繁栄の理由の一つだと思うんですけども、これがなぜか、樹からおりてくる。理由はよくわからないのですが、いまのところ、東アフリカが500万年くらい前に強烈な乾燥におそわれ、かれらが生活していた森林がなくなったからだと言われてます。それがなければいまでも樹上にいるのかもしれませんが、とにかく、明晰な頭脳と繊細な運動能力を併せ持った、いわばクオリティーの上がったサルが地上に降りたら、何だかわからないけど二本足で歩けた、ということだと思います。
――二足歩行も偶然だったんですね。
そして、前足が自由になったので、それを作業に使うようになります。いまのチンパンジーやゴリラ、オランウータンは、道具をかなりちゃんと使いますよ。つまり、そこらへんにある木の棒とか草の茎なんかを見て、あれはあの作業に使えるなって関連付ける頭脳を持っている。俗に人間の2歳児と言われますけども、猿人はちょうどいまのチンパンジーくらいの脳みそはあったはずです。だとすると、道具を使うくらいは、樹から降りてすぐやった可能性があります。
そして、その道具はきっとかれらの暮らし――と言うと人間っぽくなっちゃいますが――を豊かにしたでしょうし、また、それによって脳が大きくなり、さらにいい道具を使うようになる。そこから遠からずして――といっても200万年近くかかってるんですけども――、今度は自分で道具を作り出す。石器です。道具を使う動物はいくつか挙げることができますが、道具を自分で製造するのは人類の強烈なアイデンティティーです。
――使うことと作ることの間には大きな隔たりがあるんですね。
もう一つ、直立二足歩行で人類が獲得したものに音声言語があります。どんな動物でも鳴き声や吠え声ぐらいはあげるんですけども、四本足のままだったらいつまでたっても音声言語にならなかったと思います。というのも、二本足で立ったことによって、のど、つまり喉頭が重力の方向に落ち込み、その周辺に広い空洞ができた。これによって筋肉の微妙な動きを基に空気を震わせ、声を繊細につくり分けることができるようになったんです。
とはいえ、繊細な音声がつくれることと言語の間にはまだ差があります。たとえば、イルカやクジラも複雑な音を出しますが、あれは言語とは言いませんよね。言語は体系化されてなければならないので。そこまでどのくらいかかったか、いつが言語のはじまりなのかは、まだまったくわかっていません。ただ、声を出す能力の必要条件として、直立二足歩行があったとは言えると思います。
――直立二足歩行が、道具だけでなく、言語とも関連していたなんて思ってもみませんでした。
道具の方は音声よりも証拠があって、いちばん古い石器はいまのところ260万年前のものです。猿人ともっとも初期の原人が一緒にいる時期に最初の頃の石器が出てきます。人類の誕生はさっき言った通り440万年前なので、二本足で立ってから、石器をばんばん作るようになるまでには、やはりそれなりの時間がかかっています。
――その頃の石器はどんなことに使われたんですか。
動物の肉を切ったり、骨を砕いたりするのに使われたようです。骨を砕いて中の骨髄を食べたんじゃないかと言われていますが、争いのときには武器にもなったかもしれません。いずれにしろ、切るとか、たたくといった用途が主だったと思います。