押しつけ憲法論の矛盾

島薗 それでは三人で話し合っていきたいと思います。憲法学の視点から国家神道論を捉え直すという課題に取り組んでいただいたので、非常に刺激的ではあるのですが、少し入り組んで難しいところもあったかと思います。その辺りを少しほぐしながらお話していければと思いますが、まずは押し付け憲法論から。

 江藤先生の議論では押し付け憲法論は日本人の中に定着しているという風に捉えられていますが、松平先生は、押し付け憲法論にはあまり内容はないという捉え方だったかと思います。私の理解では、押し付け憲法論というのは、戦後の日本国憲法は占領軍によって押し付けられたものだというもので、国体論を支持する自民党右派や神社本庁といった人たちが主に主張しています。彼らによると、これが憲法を改正すべき最大の理由であるということなのですが、この主張が少なくない人の支持を集めているところに大きな問題があると思います。それに関して松平さん、押し付け憲法論には説得力がないという議論について、もうちょっと説明していただけますか。

松平 「押しつけ憲法論」については、右派が問題にしている「押しつけ」の中身と形式を分けて考える必要があると思います。もしも日本国憲法の中に、大日本帝国を一部でもそのまま継続させるような、とりわけ天皇・軍隊・国家神道という「三点セット」の(マッチョな)「国体」の護持は可能だと解釈できるような条文が入っていたら、はたして彼らはコストを顧みずに改憲を堅持したかというと、非常に疑わしい。 

「押しつけられた」という形式が問題だというのであれば、それは、国民投票を実施して憲法を改正するというかたちで、法的には問題は解決します。しかし、そのような議論はじつは、1970年代まで改憲論の主流ではありませんでした。それまでの改憲論の主流は、さきほど江藤先生が紹介された「8月革命説」はインチキで、明治憲法は相変わらず最高法規として有効であるというものでした。明治憲法はそもそも、国民による憲法改正を認めていませんから、彼らの立場からすると「改憲国民投票」というのは撞着語法です。国民投票による改憲をすることは、日本国憲法が正統な憲法だと認めることになるからです。彼らの狙いは、日本国憲法を、外国が日本国家の真の統治者をないがしろにして押しつけたものだ、として否定することで天皇主権の明治憲法に戻ろうというものです。天皇は人間となって逃げだし、外国に屈して「国体」を犠牲することはありえないというのが彼らの共通する考えでした(三島由紀夫「などてすめろぎは人間となりたまいし」)。

 これは「生長の家」の議論の根幹にも関わる問題ですが、要するに「押しつけられた」という形式の問題が、けっきょくのところ、押し付けられた「内容」――上述の三点セットを否定する平和主義・国民主権・人権――に由来するということです。論理的に考えると、そういう結論にならざるを得ないと思います。 

島薗 生長の家という名前が出ましたが、そのかつての信徒が実質的な仕事をしている「日本会議」や「神道政治連盟」、これは「清和会」すなわち自民党右派のイデオロギーとかなり親和的なグループですけれども、彼らとしては基本的に明治憲法に帰りたい。しかし、日本国憲法は国民が選んだ憲法ということになっており、これを国民投票によって変えたとしても、国民が選んだという点では変わらない。彼らとしては、それさえも嫌だということですね。

松平 明治憲法は、憲法は天皇が臣民に授けたものという建前になっています。だから国民の権威――国民の総意であれば、日本人の総意というロジックを突きつめると、被治者の意思に配慮することは、古今東西を問わず統治者の徳とされているわけですから――で憲法を選ぶという発想自体が、宗教右派にとっては、戦後日本の間違いの根本なんですよ。

 70年、80年代までは、押しつけ憲法論は日本国憲法を否定するための方便でした。押しつけられたのであれば当然、押しつけたアメリカに対して何らかの主張をしなければならないはずなのに、彼らはそういった反米的な要素は極力隠してきた。というより、そもそも持っていたかどうかさえきわめて疑わしい。

 日本国憲法は押しつけられたものだから、国民が主体として、国民投票を通じてもう一度憲法を選びなおすのだ、というのではなく、今の憲法は違法で無効なものなのだから、無条件に明治憲法に戻らなければならない。それが、80年代までの宗教右派、とりわけ旧「生長の家」出身者の憲法論でした。

 これについての私の見解は、さきほど申し上げたように、主権者国民への押しつけが違法であるという主張は、日本国憲法の13条、つまり個人の尊重や、個人の自己決定から原理的に派生する国民の集団的な自己決定がその前提でないと出てきません。ところが日本の宗教右派は、諸個人の自己決定を覆す審級として日本のエトノス=歴史・伝統・文化を持ちだしているわけで、彼らがもっとも嫌っている憲法の条文がまさにこの13条です(「日本は社会契約の国ではない」)。そこに彼らの議論の論理的な矛盾があると考えています。 

島薗 江藤先生、その辺りは?

江藤 論理的な矛盾という点でいえば、それは自民党の歩みにも表れています。日本は1951年のサンフランシスコ平和条約によって主権を回復し、法的に自由な国家になりました。もちろん、沖縄はアメリカに占領されていたので主権の回復は一部制限されていたのですが、その時点で日本国憲法は国際法的にみても正真正銘「日本国民」の憲法になったわけであり、その事実はその後70年余りを経て定着しています。

 その日本で戦後ずっと政権を握っている自民党が「押し付け」と言いながらも改憲の発議まで持っていけてないところを見ると、「押し付けだ!」というのは一種のブラフであって、ある意味では自民党がこの憲法の一番の受益者であるということを示しています。したがって、自民党にとっての押し付け憲法論というのは、所詮は自身の権力を利するために有効な政治的レトリックでしかなかった。そういう意味では、松平先生が言われたように法的に突き詰められた議論ではないし、法的にはとても耐えられないものだと思います。

天皇と憲法

島薗 次に憲法と天皇の問題についてですが、松平さんは、立憲主義的な発想と神権論的な発想が対立しているにせよ、一般の日本人にとってはどちらをとるかはそれほど重要なものではなかったという見解ですか。

松平 決してエリートと一般庶民の二分法をとっているわけではないのですが「天皇の物語も憲法の物語も日本では成功していない」という新田一郎先生の言及に注目したのは、エリートにとっての正統性の問題とそれ以外の人びとにとっての正統性の問題は、明らかに違うと思ったからです。

 ナショナルな日本を語るときに天皇という回路を経由するというのは、中央のエリートの世界では確かにそうなのですが、地方の保守派の人びとがどこまで国家制度としての天皇を意識して日常生活や社会的な活動を営んでいるかというのは、実証的な研究がない以上よく分からない。

 一方で、自分はいちおう憲法学者という職業についている者ですが、日頃学生と接している実感としては、日本国憲法が彼らの生活を意味づけるものとして大きな比重を占めているとは思えない。憲法の教師としては恥ずかしいんですけれど、そう思うわけです。つまり戦後の日本人の心の中には、天皇でも憲法でもない何か、自分のエスニックな固有性を担保するものがあるんじゃないかと。

島薗 憲法というのは国家を規定する法規範として、物語とは無関係に、国家があればそこには憲法があるんだというのが近代憲法学の前提だった。それに対して、物語に支えられなければ憲法というのも成り立たないのではないかというのが江藤さんの捉え方だと思うのですが、そのときの物語、あるいはノモスというものが日本の場合、どういうふうにあるのか。

 西洋であれば教会の支配、あるいはその後の時代では「王権神授説」に支えられた王制による支配に対して、国民が自分たちの意志によって政体を決定していく。これがフランス革命であり、アメリカの独立戦争だったと。これが西洋の歴史的な物語ですよね。それに対して、日本でも戦前の体制によってひどいことが起きた。日本国憲法はその経験を踏まえてできているわけですが、お二人の議論でも憲法9条が非常に強調されていたと思います。お二人に限らず、憲法改正というと9条が必ず議論の中心になる。 

 一方で、今の松平さんの議論にあった憲法13条、これは基本的人権の条項と言ってもいいわけですが、基本的人権というのは多くの人にとって非常にリアルなものであり、それこそが大事だと。にもかかわらず、自民党の右派なり日本のリベラリズムというのは、それを侵害している。こういうふうに捉えている国民も多いんじゃないかと思うんです。そういった観点から言うと、戦後の体制の中で最初の頃は憲法9条的な平和主義、そして広島、長崎の再現は許されぬというところに焦点があったけども、次第に憲法13条にある基本的人権を基盤にした物語が日本人の中に育ってきている、といった捉え方はできないでしょうか。

江藤 先ほどの松平先生のご指摘も踏まえると、そこは非常に厳しいと思っています。松平説は要するに、押し付け憲法論というのは前提すら成り立たない、「押し付け」を糾弾する地平にすら立っていないと。日本の宗教右派にとっては端的に明治憲法だけが有効であり、現憲法は無効である。本来、押し付けが問題ならば、選び直すために必要な自己決定の契機が強調されなければなりません。ところが、自民党の2012年の憲法改正草案では自己決定権を保障する当の13条が改正されていて、「個人」という言葉が消えています。

 この「個人」の概念は立憲主義の核を成すものです。自分の頭で考えて動くというのが個人の概念の中核ですが、そういう人が増えると権力者としては困る。そこで国家神道では、国民それぞれが自分の頭で考えて動くのではなく、無定形なナショナリズム(国家主義)によって統治の効力を担保しようとしてきたわけです。 

 今の直接のご質問は、基本的人権を基盤にした物語が日本人の中に育ってきているかどうかですが、これにはいろいろな見方があり得ると思います。たとえばインターネットに支えられたデジタル社会において、私たち個人の趣味嗜好が多様化し、それによって多くの可能性や個人の福利の増大が見られたということは間違いないと思います。

 卑近な例で言うと、少し前までは映画を見るには映画館に行かなければいけませんでしたが、今ではタブレットでNetflixのボタンを押すだけで何本でも見られるわけです。そういう意味では個人主義が実現されたといえますが、そこには個人の文化を背後で支える公共性が欠けているようにも見える。映画館で一つの空間を誰かと共有しながら自分なりに映画を楽しむのと、いつでも自分の好きな時に好きなものを好きなだけ見るのとで、どちらが個人主義というものに忠実なのか。

 個人の実現というのは公共性、つまり人と人の間のある種の連帯が前提としてあり、それがあって初めて自分が安らげる「個」という場所もあるのだと思います。その公共性がおそらくノモスであり、そこを起点に自分の人生の物語を紡ぎ出していくのだと思いますが、松平先生によると、日本には個人が自ら思考する能力を奪おうとする社会構造があり、個人の尊重を謳ったはずの憲法秩序がそれをある意味で支えている。この議論には私も共感しています。

「個人」への反発

島薗 日の丸、君が代の話もありましたが、これには思想・良心の自由について規定した憲法19条に加えて、信教の自由について規定した20条も関わってくると思います。今回の安倍元首相の国葬についても、学校で半旗を掲げる、あるいは子どもたちがそれに従うといったことがあるとすれば、これは内心の自由に抵触するということで、違和感があるという日本人が多い。こういったことが実は異なる物語、新しいノモスを考える材料になるんじゃないかと思うんですね。

 ただ、それを従来のリベラリズムで語ると、超然とした憲法観と歩調を合わせた絶対的な人間の自由が天から降ってくるようにあるんだ、といった議論になってしまう。すると、それは日本人の感覚とは異なるということで、またぞろ個人を否定するということになってくるわけですが、人権を所与のものとしてではなく、戦争経験や戦後の復興を通して、一人ひとりの人権を尊ぶ感覚が日本の中でも育ってきているんだと捉えれば、日本人にも憲法的な思考が身に付きつつあるということにならないかと思うのですが、いかがでしょうか。

松平 非常に難しい質問ですね。戦後の日本でなぜ平和主義の物語が生き残ったかというと、おそらくこの物語が日本の伝統的な共同体の文化や構造に合致していたからでしょう。つまり、今のかたちの人権と民主主義は戦後の日本人にストレートに受け入れられたのではなく、まず平和主義があり、それを通じて戦後民主主義が成立したんだと思います。

 自民党の改憲草案では、江藤先生が言われたように、13条の個人の尊重において「個人」の「個」が削られて「人」になっており、これには憲法学者や法律家、知識人から非常に強い批判が出ています。一方で、島薗先生も、江藤先生も、もちろん私も、日頃地元の商店街で買い物や食事をすることがあると思いますが、こういった商店街で働く人びとの多くは、――私の経験ではほぼ例外なく――、個人主義に強い反発を持っています。まず共同体があり、その共同体における役割というものがあり、一生懸命努力してそれを果たすことで初めて、いわばご褒美として、自分の立場が認められるのだ。そうした努力もしないで、最初から人権が、個人の尊厳があるというのは思い上がりではないかと。

 これは経団連の元会長が、名前は失念してしまいましたが、講演の中でそういう趣旨のことを言っていました。「天賦人権」などというのは傲慢である。人間というのは、何か大きな存在からの恵みによって一人ひとり生かされているんだ。だから感謝の気持ちを常に忘れてはいけないと。憲法学者の言っている人権は、感謝の気持ちを忘れさせるものでよろしくない。こういった反発や批判は、市井の人びとから出てくるのです。かといって、じゃあこの人たちが天皇を非常に崇拝してるかというと、そういうわけでもない。このことから、私は「天皇の物語も憲法の物語も成功していない」という新田先生のご指摘は一面の真実を捉えていると思っています。

 ではなぜ平和主義の物語が駄目になってきたかというと、9条というのは、さきほど申し上げたように「謝罪広告」なんです。それも、日本人が戦争を起こした原因を真剣に反省し、多大な被害を与えた人びとに対してお詫びを表明した文書ではなく、憲法9条があるから、日本国民が反省し、謝罪したことになっているんです。だからこそ、中国や韓国から戦争責任や慰安婦のことを言われると、一般人のレベルから強い反発が出てくるんです。いつまでそんなことを言っているんだ。日本は9条で戦争放棄を表明した、それがお詫びじゃないかと。これ以上うるさくいうと9条やめるぞといった、いわば逆ギレともいえるような反応が起きるわけです。

  それともう一つ、憲法学者の中からも平和主義の優越に納得できないという声が出てきています。立憲主義というのは突き詰めるとリベラル・デモクラシーなんですけども、リベラル・デモクラシーはじつは例外なく好戦的なんですよね。つまり、戦う民主主義。人権と民主主義は天から降ってきたものではなく、戦って初めて勝ち取れるものだという認識です。まずは自分たちを支配している専制君主から権利を奪い取らなければいけない。次は他の専制君主のいる国々と戦わなければいけない。というわけで、立憲主義はじつは好戦的です。

 すると、立憲主義を強調しているくせに、なんで日本の憲法には戦争放棄などと書いてあるんだということで、9条が邪魔になってくる。さきほど言及した佐藤幸治先生の物語を「ネオリベ立憲主義」と表現しましたが、それはまさに、ある種の「戦う民主主義」です。つまり、敗戦によって神権的国体論に頓挫した日本が、再びアジアで輝くために立憲主義の防衛にコミットする物語である、というのが私の理解です。 

島薗 江藤先生、どうでしょうか。

江藤 ここには、人間にとって物語は必要なのかという問いがまずあると思います。次に、その物語は個人のレベルなのか、それとも共同体のレベルなのか、あるいは国家のレベルなのか、はたまたコスモポリタンのレベルなのかという問いがあります。いずれのレベルにせよ、人間が一個人では到底抱えきれないような不条理な現実を秩序へと落とし込んで、それを個人の人格へと統合するためには、物語が重要な役割を果たすことは間違いないと思います。

 もし人間から物語が欠けると何が起きるかというと、想像力が養われず、いざという時に普通に考えればあり得ない内容の物語に容易に入り込んでしまう。村上春樹がオウム真理教に入信した若者たちには、物語をちゃんと読んでこなかった共通点があるという趣旨の指摘をしていましたが、その真否はともかく、内容の良し悪しにかかわらずいろいろな物語に触れておくことはやはり重要だろうと思います。

 国家は国家で天皇の物語や平和主義の物語を用意するわけですけど、しかし国家の物語でいくと、どうしても全体主義への傾向が出てしまいます。それは天皇でも9条でも同じだと思うんです。たとえば、9条を文字通り絶対的平和主義(自衛権を否定する)と解すると、他国に侵略されたときには国民が犠牲になってしまう。それを国民に強いるというのは、やはり国家の理想のために生命を捧げろと言っているのと変わらないわけです。

 ただ、そうした国家のレベルの物語と、日常世界の物語とは別次元で存在しているはずであり、それらを切磋琢磨させながら、私たち日本国民の物語を生成していく。そういった絶え間ない規範的営みが、市民のレベルで求められているのだと思います。国家が用意した物語では、天皇制であれ、平和主義であれ、最終的には破滅に向かう。なぜなら、そこでは、全体主義への転落を唯一防ぐことのできる肝心の市民が主体になっていないからです。


(後編へつづく)