宮沢賢治は1896年に生まれたんですけど、その年には三陸地震がありました。賢治が生まれる前に三陸地震があって、生まれた月にも起こった。そして、彼が亡くなった1933年にまた三陸沖に大きな地震が起こって、津波も発生しています。災害と災害の間に彼は生まれて死んだ。だから災害とか飢饉といった人々の苦難、農民の苦しみ、そういうものをすごく敏感に察知していたと思うんです。

――なるほど。

 賢治は25歳のときに東京に出て来て、「国柱会」という宗教団体で布教師になろうとするけど断られるんですね。それで印刷工場で働きながら詩や童話を書き始めた。それを1924年に出版するんですけど、4月に『春と修羅』、12月に『注文の多い料理店』をそれぞれ1000部自費出版する。

――自費出版だったんですね。

 なぜその年にそういうものを自費出版したかというと、その前年に関東大震災があったんです。1923年の9月1日。そのときには賢治は花巻に戻って農学校の先生をしていたんですけど、東京生活を経験しているので、東京の破壊の度合いや人々の痛みというものがイメージできるわけです。本当に大変なことが起こっていると。このとき彼は「自分はこの世界に何を発信できるのか」っていう思いに駆られたと思うんです。

――それが2冊の本になったわけですね。

 そこで語られているのが、さっき言った、ここに書かれているのは自分が創り出したものじゃなくて、星や月や鉄道線といった、いろんなところからもらってきたものだと。自分はもらってきたものをその通り書いたまでなので、自分でもなんでこんなふうなものになったのか分からない。分からないけどそれが本当の透き通った食べ物になることを願うと。これが言霊ですよ。真言ですよ。

――「透き通った食べ物」というのは?

 宮沢賢治は世界には三種類の食べ物があるというんですね。一つは物質的な、つまりご飯やお肉のような食べ物。われわれはそれを摂取してフィジカルに生きている。二つ目は『春と修羅』の序文で言ってますけど、私たちは風を食べ、美しい朝の日光を飲むことができると。風や日光というのは物質的なご飯ではありませんが、「気」と考えれば理解できますよね。われわれは新鮮な風の気や、日光の気みたいなものを感じることができる。そういう気のレベルの食べ物がある。

――よくわかります。

 三つ目が本当の透き通った食べ物で、これは魂の食べ物だと。本当の食べ物は言葉だというんですね。言葉でも魂に届く言葉でなければならない。詩や童話がそうであると。

 キリスト教でも「人はパンのみにて生くるにあらず、神の口より出でし言葉によりて生くるなり」と言っていますよね。神の口から出た言葉、これがキリスト教だと福音になるし、旧約聖書だと預言ということになると思うんです。そういう神の言葉をわれわれはキャッチして、それが生きる糧になっていく。それがあるからこの世界を本当に生きていくことができるし、死ぬときもその言葉を支えにして死んでいくことができる。宮沢賢治は自分の詩や童話が人々の生きる糧となるような、真実の言葉になることを願っていたわけです。

――そしてその言葉は自分が創り出したものではなく、自然界から聞こえてきたものなんですよね。自分はそれを変換しただけだと。その感覚がすごいなって思います。

 芸術家の多くはそういうことを言うと思うんですよ。ユーミンだって、中島みゆきだって、もらってきたとか下りてきたとかって。インスピレーションという言葉があるように、そういうのはやはり向こうから到来してくるものだと思うんです。でも、それをキャッチするためには、自分のフレームを外したり、磨いたりしなきゃいけないから、いつもいつもひらめくとは限りませんけど。

――論語に「述べてつくらず 信じて古を好む」ってありますよね。あれも孔子が自分でつくったのではなく、昔あったことを述べてるだけだっていうことで、今のお話とつながるなって思いました。

 論語で言えば「巧言令色、鮮(すくな)し仁」ですよね。巧言令色というのはわれわれが利害関係に満ち満ちたところでうまく立ち回る言葉、つまりおべんちゃらを話すってこと。そして、自分の利益を上げるように行動するってことじゃないですか。でも、それは本当に語っていることでも聞いていることでもない。そこには仁はないよと。

――耳が痛いですね……。

 仁っていうのを言霊と考えれば、そんな言葉に言霊はないと。それはお前が利害関係の中でうまく立ち回るためにしゃべってる状況言語にすぎないから。でも、お前の世界を本当に開いたならば、仁の世界、言霊の世界は開かれるよと。空海であれば「五大に皆響き有り」で、言語は世界に満ち満ちているのだからって言うでしょうね。だから、キリストも孔子も空海も宮沢賢治も、みんな同じようなこと言ってるんじゃないかと思うんですよ。

――自分を開いて言霊をキャッチしろと。

 言葉は誠の言葉を語れよといいます。孔子は孔子なりに誠の言葉を語ろうとした。空海は密教の文脈で誠の言葉を真言としてして語り、宮沢賢治は誠の言葉を童話や心象スケッチとして語ったということだと思うんです。それは現代のシンガー・ソングライターであっても大きくは変わらないとは僕は思っています。

 ただ、中にはうまく商売するための芸術、「巧言令色」の芸術家も職業家もいますので、その辺はいろいろあるかもしれませんけど。