――ちょっと話変わっちゃうんですけど、私、昔から度忘れが激しいんですよ。人の名前がもう本当に覚えられなくて、最近は歳のせいもあると思うんですけど……。それでちょっと思ったのが、度忘れと難発って見かけ上は同じじゃないですか、言葉が出てこないという点で。でも中で起きてることは違っていて、度忘れは言葉自体が頭に浮かんでないんだけど、難発は浮かんでるけど出てこないってことですよね。
本人としてはそこは明確に違っていて、おっしゃるとおり、吃音は言語としては浮かんでるんだけど出ないってことですね。でも対処法として、実は吃音で戸惑ってるんだけど度忘れしたとか、言い間違えたという偽装をするのはよくあるテクニックです。度忘れや言い間違えなら誰にでも起こることなので。
――相手に吃音だと思われたくない、と。
隠せるなら隠しちゃう、みたいな。そういうところはあります。
――吃音の出やすい状況が人によってすごく違うっていうのもちょっと意外でした。普通に考えると緊張する場面とか、みんなの注目を集めてる状況なのかなって思うんですけど、人によってはそうでもないんですよね。
そうなんですよ。緊張というか、自分が何か話さなければいけないという期待が高まってる状況だと吃音が出るという人もいれば、逆にそのほうが話しやすいっていう人もいて。どっちに振れるかは違うんですけど、そういう場面が吃音と関係があることは確かですね。
でも、思い込みみたいなところもあるとは思います。人の体ってそんなに合理的にできてるわけじゃないので。「緊張する場面だ、ゆえに、吃音が出る」ってことではなく、その人の経験が影響するというか。たとえば、すごく緊張する場面で案外しゃべれたという経験があったりすると、「緊張する場面だ、ゆえに、しゃべれる」といった感じで。
――逆に作用するわけですね。
慣れてくると人前でしゃべるときの人格みたいなものができて、それを使ってしゃべれたりするんですよ。「ローカルルール」って私は呼んでるんですけど、経験の中で培ってきた自分のしゃべり方のスタイルというか、システムみたいなものって、きっと誰にでもあるんじゃないかと。
――よくわかります。
でも、確かに吃音じゃない人からすると、人前で話すときの方が吃音の出にくい人がいること自体驚きですよね。心理的な緊張は必ずしも吃音を引き起こすわけではなく、ある種の人格のスイッチが入ることによって逆に話しやすくなるということなんだと思います。
不確定要素
――目の前の人がどもり出したら、普通は「緊張してるのかな」って思っちゃいそうですけど、必ずしもそうではない。ということは、受け手が吃音を誤読してしてるケースもかなりありそうですね。
そこはいつもすれ違いがちですね。すごくどもってしまったときに、自分のことが嫌いなんじゃないかって、周りが過剰に受け取ってしてしまう。だから、どもる体だけじゃなく、「どもられる体」も重要なんじゃないかって思います。
――その吃音を周りがどう受け止めるかということですね。ちなみにですけど、吃音って独り言では出ないんですか。
独り言だとほぼ100%出ないといわれてますね。
――じゃあたとえば、YouTubeに動画をアップするために、カメラに向かって一人でしゃべるとかだとどうなんでしょう?
どうなんでしょうね。でも、カメラに向かってしゃべるのはリアクションが読めないのできついと思います。不確定要素が高まると一般的に吃音は出やすいんです。
しゃべるって、実はライブで編集し続けなきゃいけないんですよ。声帯の運動もそうだし、相手の反応を見てしゃべる内容やスピードを変えたりとか。その時その時の状況をすごい速さでフィードバックをして、それに合わせて予定を変え続ける。そういう作業なので、状況が読めないというのが一番しゃべりにくいし、吃音にも影響があるんですね。その点独り言だと、そもそも相手の反応を読む必要がないのですごくラクなんです。
でもそこにカメラがあると、これを見た人がどう思うんだろうといった不確定要素が大きくなるので、吃音が出やすくなる人が多いと思います。
――自分のしゃべりが他人にどう見られるかを意識することが、吃音に大きな影響を及ぼすわけですね。
要因としてはそれが一番大きいと思います。言い方を変えると、周りにしゃべらされてる感じが強いときっていうか。
――『どもる体」の中では「相手に引きずられる」みたいな表現もされていましたよね。一方で、あるキャラを演じてるとどもらないっていうのも面白いなと思ったのですが、それはなぜなんでしょう。
本にも書いたんですけど、キャラに乗っかることで「うまくやらなきゃ」とか、「コントロールしなきゃ」っていう気負いからちょっと降りれるんじゃないかなって。「乗る」って結局、責任からちょっと「降りる」ってことだと思うんです。そのキャラを使って、乗り物にしてしゃべることで、そのキャラのパターンに任せられるというか。
――自動化することができる。
そうですね。それによって、不確定要素が減るということだと思います。