フランスというと、花の都パリに代表されるように華やかでファッショナブルなイメージを抱く人も多いかもしれません。しかしフランスは世界でも有数の移民国家で、人口比で10%以上が移民一世(フランス以外で生まれた人)だといわれています。第二・第三世代(移民の子どもや孫としてフランスで生まれた人)や不法移民となると公的な統計値はほとんどなく、その数を把握することは困難ですが、おそらくかなりの数になるでしょう。移民問題と貧困は強く結びついており、2020年に公開された映画『レ・ミゼラブル(Les Misérables)』でもパリ郊外の移民社会と警察との対立が描かれ映画ファンの間で話題になりました。今回はフランスの移民社会とも関係のあるヒップホップカルチャー、ラップ・フランセについて紹介します。
まず、フランスが移民国家と呼ばれる歴史背景を踏まえておきましょう。フランスは第二次世界大戦で人口が大幅に減り、その後移民の受け入れを積極的に行ってきました。60年代以降は、フランスから独立したアフリカ諸国から多くの人々がフランスに移り、その受け入れ期間は「栄光の30年」とも呼ばれています。
その結果フランスの人口は急増し、住居不足を解消するために大都市近郊に大量の団地(HLM)が整備されました。それらの団地は家賃が安かったため、出稼ぎ労働者として働く低所得者の移民が集中し、独自のコミュニティを形成するようになります。そして一部ギャング化した移民による軽犯罪や治安悪化、移民に対する不当な人種差別などの社会的問題が深刻化していきました。増えすぎた移民に対する措置として、1993年にはパスクア法、96年にはドゥブレ法が成立した結果、サン・パピエと呼ばれる不法入国者も増え続けました。また、国籍上はフランス国籍でも、移民二世というだけで移民として扱われ、社会的不平等感を抱く若者も多くいたし、現在もいることも事実です。
一方、フランス独自のヒップホップカルチャーは「ラップ・フランセ」と呼ばれ、80年代に登場しました。90年代になると、移民を取り巻く苛酷な状況が表現される社会派のラップがクローズアップされるようになります。たとえばパリ郊外のサン・ドニで生まれ育った2人組、シュプレームNTM(Suprême NTM)は95年に発売したアルバム『爆弾の下のパリ』を50万枚売り上げ、マルセイユ出身のIAMもアルバム売上30万枚を記録して数々の賞を受賞しました。
彼らのラップの歌詞にはしばしば権力や政治、社会へのカウンターが表現されており、移民としての生きづらさや怒りが感じられます。こうした内容から、ラップ・フランセは当時勢いを増していた極右政党フロン・ナシオナル(FN)と激しくぶつかり合い、政治的な広がりを持つようになりました。そして都市部の豊かな白人と郊外の貧しい移民という二極化をあぶり出しました。こうしてラップ・フランセは、声を出すことができない社会的弱者の代弁者としても注目されるようになったのです。
政治家 vs ラッパー
フランスと移民の歴史でいうと、90年代のパスクア法、ドゥブレ法制定以降では、2005年秋にフランス各地で起きた暴動が挙げられます。暴動の発端はパリ郊外でアフリカ系移民の少年が警察の追跡から逃げる途中に死んだ事件で、これをきっかけに移民や移民二世の若者たちによって暴動が各地で発生しました。警察官への投石や商店などへの放火が相次ぎ、一時は非常事態宣言が発令されるほどの大きな社会問題になりました。
その背景には、当時のフランス内相(のちに大統領)ニコラ・サルコジが抑圧的な治安対策と移民取り締まり強化策を打ち出したことがあります。暴動は3週間ほどで鎮圧しましたが、「ラップがフランス社会への憎しみを掻き立てている」として上下両院の議員がラッパーを告発する動きを見せるなど、ラップ・フランセは再び注目を集めることになりました。積極的に移民法や運動にコミットするラッパーもいれば、逡巡するラッパーもいましたが、少なくとも「郊外の言葉」にこだわるラッパーはこの暴動以後増えました。
もちろん現在も社会派のラップ・フランセは健在です。たとえばビッグフロー・エ・オリ(Bigflo et Oli)という2人組が2019年に発表した「ラントレ・シェ・ヴー(国に帰れ)」(Rentrez chez vous)という曲では、エッフェル塔が爆破されたという設定で、フランス国民が他国に移民として亡命するも「国に帰れ」と追い出されてしまうという衝撃的な世界が描かれています。逆のパターン(他国からフランスに亡命しようとしても入国できない)はこれまでもたくさん起きていますが、先行き不透明な現在の世の中では、この歌詞に描かれる世界は近い将来本当に起こらないとも限らないという意味でも注目すべき曲だといえるでしょう。
ちなみに、フランスにおける人種差別や社会問題は、映画では先に上げた『レ・ミゼラブル』だけではなく、『憎しみ』(“La Haine”/1995年)や『バンリューの兄弟』(“Banlieusards”/2019年)でも作品のテーマになっています。フランスの移民社会に興味を持った方は、今回取り上げたラップ・フランセのラッパーや映画作品もぜひチェックしてみてください。
構成:富永玲奈