ピラミッドや象形文字(ヒエログリフ)と並ぶエジプト文明の特徴に、死者の体を保存するミイラがあります。エジプトでは、体は魂の「器」だとされていたため、体がきちんと保存されていれば魂が戻って来て、「あの世」で復活できると考えられていたのです。そして、おもしろいことに、彼らにとっての「あの世」とは、ナイル川の向こう岸でした。定期的に氾濫(はんらん)して肥沃な土壌をもたらしてくれる恵みの川は、彼岸と此岸(しがん)を分ける「三途の川」でもあったのです。
そのような世界観(あの世観?)なので、当時のエジプトでは、死者は身近な存在だったと考えられます。それを裏付けるものとして、エジプトの遺跡で発見された「死者への手紙」があります。
死んだ人への手紙というと、生前の行いへの感謝とか、一族の繁栄をお願いするといった内容を想像してしまいますが、あにはからんや。死んだ夫に向けたある妻からの手紙を例にとると、「娘がぜんぜん勉強しないので何とかしてほしい」といったような、なんとも日常的なことが書かれているのです。きっと、手紙を出せばすぐに届くと思っていたのでしょう(なんせ川向うにいるのですから)。エジプトではあらゆるものに神が宿るというアニミズムが信仰されていましたが、そのことが死者との距離の近さにも影響していたのかもしれません。
それにしても、あの世で復活してまで娘の不勉強に悩まされるなんて、エジプトのお父さんも大変ですね。