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 先日国際人権学者の藤田早苗さんに、人権とは何かについてお話をお聞きしてきました。藤田さんは2013年の特定秘密保護法案と2017年の共謀罪法案を英訳して国連に通報しその危険性を国際社会に周知させた方で、国際人権の存在と有用性を日本に紹介することに尽力しておられます(近日中にトイビトでも記事を公開します)。 

 人権というと「思いやり」や「優しさ」といったが頭に浮かび、ともすると道徳と重なるイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし国連の人権高等弁務官事務所は、人権について、次のように説明しているそうです。

「生まれてきた人間すべてに対し、その人が能力・可能性(potential)を発揮できるように、政府はそれを助ける義務がある。その助けを要求する権利が人権。人権は誰にでもある」(藤田早苗『武器としての国際人権』より) 

 つまり、人権の実現には政府が義務を果たす必要があるのです。言われてみれば当たり前なのですが、このことを正確に理解している人が果たしてどれくらいいるのでしょうか。これを知った上で見ると、日本における人権が「思いやり」と結びついて語られるのは、政府が自らの義務から国民の目をそらすよう仕向けてきた結果のように思えます。菅義偉元首相が自らの目指す社会像を「自助・共助・公助」と語ったのは正にその典型だといえるでしょう。

 今回藤田さんのお話をお聞きして感じたのは、月並みな表現ですが、知るということの重要性です。社会問題には関心を持ってきたつもりですが、恥ずかしながら私は人権というものについて、何もわかっていませんでした。と同時に(自分の不勉強を棚に上げて言えば)こうしたことを知るための場が年々減ってきているように感じます。その結果なのか原因なのか、いまの社会では新しいことを知ろうとする意欲自体が減衰している、あるいは知ることを自ら避けているのではないかと思うことがあります。 

 インターネットの普及以来、情報接種のあり方は様変わりしました。百科事典はGoogleの検索窓に、新聞の一面はYahoo!のトップ画面に取って代わられ、SNSを開けばAIが自分に最適なコンテンツを表示してくれます。こうした環境は、自分が求める情報へのアクセスという面ではたしかに便利です。しかし逆に言うと、そこには求めていない情報、関心があるとかないとかいう以前に、そんなものが存在することさえ認識していない情報と出合う機会はないように思います(本当にまったく知らないことは検索すらできません)。

 暇つぶしに入った本屋でたまたま目についた本を立ち読みするとか、レコードの「ジャケ買い」のような偶然の出合いが、ネットでは起きにくい。そしてそれが私たちの視野の広さ(狭さ)や考え方に何らかの影響を及ぼしているように思えるのです。SNS等でのコミュニケーションが、似たような意見ばかりが反響する部屋(=エコーチェンバー)を形成することはつとに指摘されていますが、私たちは自分の中で答えが出ていることや既に経験したことばかりを反芻し(それが世界のすべてだと思い込み)、未知なるものとの出合いやそれによって開かれる可能性を自ら放棄してしまってはいないでしょうか。

 プルーストは『失われた時を求めて』の中で記憶を、知性によって想起される「意志的記憶」と何らかのきっかけ(紅茶に浸したマドレーヌを口に含むような)によって偶然想起される「無意志的記憶」に分け、前者より後者を重視しています。これと同様に情報摂取にも「意志的なも」のと「無意志的なもの」があるとすれば、今の社会はあまりにも前者に偏り、後者がないがしろにされているように思えてなりません。

 思えば科学は偶然性や不確実性の克服を目指して進歩してきました。地震の予知はまだ難しいようですが、台風の進路や大雨・大雪といった気象状況の予測は年々その精度を高めています。それが私たちの日々の安全や、ひいては人類が生き延びることに貢献してきた事実を考えると、未来を予測すること、あるいは予測できる未来を志向することは人間の「本能」のひとつだと言えるのかもしれません。

 一方で、人間を含むすべての生物の進化が「突然変異」の偶然によるものであることもまた、科学的な裏付けのある事実です。ノーベル賞を受賞した生物学者ジャック・モノーは生きものの特性を①予測不能 ②ブリコラージュ(寄せ集め) ③偶然性・偶有性の3つであると述べているそうです。だとすれば、アルゴリズムの世界を抜け出し、時には偶然性に身を委ねてみることも、生きものである私たちには必要なことではないでしょうか。

2024.12.30

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